2006年05月25日

今人生を充実して生きているか?

今日は日本メンタルヘルス協会の衛藤信之先生のふだん着の心理学一日体験ゼミのお話です。

やはり噂どおりの臨調感のあるお話っぷりが最高でした。
表情豊かに声のトーンも抑揚があって、会場の人々がスルスルッと衛藤ワールドに引き込まれていきます。
あっという間の三時間でした。



ネイティブアメリカン(インディアン)の死生観について

人間生まれたときにはたくさんの人が笑顔で喜んで誕生を歓迎します。

しかし死ぬときは、周りの人々から惜しまれ悲しまれて、
本人はみんなに「ありがとう、楽しい充実した人生だったよ。」と
感謝しながら亡くなるのが理想の人生なんだといいます。

そう、死ぬときにその人の人生の結論が出るのです。

生まれた瞬間から私たちは死に向かっています。
人間は死亡率100%。


以前私もこういう話を聞いたことがあります。
老人ホームのヘルパーに勤めていた経験のある友人がいました。
彼女はある1人の老人が危篤に陥ったときに、施設側でご家族や親族を呼んだそうです。

その老人はとても資産家で大金持ちだったそうです。

ところが、意識のない老人の枕元で交わされた親族たちの会話は、聞くに堪えない醜いものだったといいます。

そう、財産の奪い合いです。

しかしこの老人はまだ「危篤状態」つまりまだ生きているのにも関わらず。
その親族たちは枕元でお互いをののしりあい、そして最後にこう言ったそうです。

私たちは忙しいのでこれで帰ります。
「死んだとき」に連絡ください。


この老人は確かに現実的には非常にかわいそうな立場です。
しかし、社会的には立場も立派で資産家でいくつもの会社を経営してきた人なのです。
なぜ子供たちがこんなに「銭ゲバ状態」になって、親を踏みつけにしているのでしょうか。

あくまでも想像の範囲でしかありませんが、おそらくそういう育て方をしたに違いありません。

世の中現金一番、心はいらん、信じるものは金だけや

みたいなカンジだったのではないでしょうか。

愛されずにお金だけを与えられた子供はとうぜん、そういう親をモデリングして育つわけですから、
愛されなかった強い恨みも無意識下にあると思います。

それにしても親の枕元で財産の奪い合いをする家族と、多くの友人と家族に囲まれて生涯を終えるのと、その人がどういう人生を歩んできたのかの清算をさせられます。

死に際に「ああ、いろいろあったけど楽しい人生だったなぁ、みんなありがとう!」と
思えるような人生を送れたか。

だからこそ、私たちは今をどう楽しんで充実して生きるのかが重要になってきます。
今の生き方がそのまま死につながっています。

自分の人生を充実して楽しんで、人に喜びを与え、またそれによって自分も喜びを享受できる
そんな人生でありたいものですね。

ネイティブアメリカンの言葉にはこんなものもあるそうです。

「自分は母なる地球からたくさんのものをいただいて生きてきたから、
死ぬときには自分を大地に与え、そのエネルギーを吸って美しい草花が咲く。
そこに、未来の子供たちが遊びまわることをイメージする。」


すばらしいですね。
私には輝やかしいイメージが浮かびます。


明日もまだまだ衛藤先生のお話つづきます。
私やっぱ長くなるわ、ごめん。




今日も楽しく充実してますか?
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Posted by カズ姐さん at 12:54│Comments(4)心理学
この記事へのコメント
 「死生観」 素敵です!
学生時、友人達に「死」「死に方」について質問した事を、思い出しました。
殆どの方が、「死」がすべての終点と捉えてる事に、とても違和感を覚えました。 ネイティブの方々の、流れるような価値観とても共感します。 すべては繋がり1つ。 豊かな「死」について考えると、毎日が充実したものになりそうです~
Posted by カオス at 2006年05月25日 22:08
『生きる』ことを考えるのもいいと思いますが、『死』を考えることも同じくらい大切なことだと私は思います。最近残酷な事件が多いのも『死』についてわかっていないからじゃないか?と思いますね。『死』を考えることで『生きる』ことの大切さ、命の尊さがわかると思います。ネイティブインディアンの言葉はいいですね!
私はナゼか、アニメ『ナウシカ』のオオムを思い出しました 笑)
Posted by まーちゃん at 2006年05月26日 02:56
物があふれている現代。
資産家の親族のような子供たちは、どんどん育成されています。
娘からのお友達の話を聞いても「愛=物を与える」という感覚が
多いんだと感じます。

誰もが迎える死・・・
ネイティブアメリカンの言葉はいい!
光景が目に浮かびます。

「ありがとう、また来るね・・・」といいながら死をむかえたいなぁと
思いました。
Posted by hiro at 2006年05月26日 09:10
カオスさん

みんな死に向かっていることは考えたこともないし、
ネガティブなイメージでしか捉えたことはないと思います。
豊かな死を迎えるために今を大事にしようという気持ちになりますね。



まーちゃんへ
ナウシカ、見たはずなんだけど、オオムってなんだったっけ?笑



hiroさんへ

「愛=物を与える」そういう人多くなってます。
与えることは奪うことなんですよね。
考える機会や大切にする機会を奪ってしまう。
そういう親が増えているように思います。


 
Posted by カズ姐さん at 2006年05月26日 13:02
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